VECLOSヘッドホン開発者インタビュー

ーーVECLOSは今までスピーカーを出してきましたが、今回ヘッドホンを開発したのはなぜですか。

平松:VECLOSの最初の製品であるコンパクトなスピーカー「SSA-40」を発売したのが2015年3月ですが、その1年後、2016年くらいの段階で、すでにヘッドホン分野への進出を考えていました。もともとVECLOSはサーモスの魔法びんを筐体として円筒形のスピーカーを作ることからスタートしました。しかし実際にスピーカーを作る過程で、VECLOSの最大の特長である真空エンクロージャーによる音響上のメリット、つまり剛性の高さ、制振性、定位の正確さ、音場表現の豊かさなどは、スピーカーよりもヘッドホンのほうが、そのメリットが生かせるのだろうと考えていました。

経営企画部 VECLOS課 平松仁昌

ーーイベントなどでは発売前からヴェクロスのヘッドホンに大きな期待が寄せられましたね。

平松:はい。ヘッドホンを発表するとすぐに、注目が集まりました。サーモスが真空技術を使ってオーディオに進出しているという情報は一部のファンに拡がっていましたが、ヘッドホンを出すことで大きく顕在化したのかもしれません。市場規模からいっても、ヘッドホンはスピーカーの何倍も大きいので、それだけ注目度も高いのだと思っています。ヘッドホンは競合が非常に多い市場ですが、真空エンクロージャーのメリットを生かすことで、ナチュラルで解像度が高いサウンドがお好みの方にはとても魅力のある製品に仕上がったと思っています。

VECLOS初のヘッドホンとしてインナーイヤーヘッドホン4モデルとオーバーイヤーヘッドホン2モデルがラインアップ

サーモス史上最小の真空パーツは、燕三条製。

ーー同じ真空エンクロージャーと言っても、魔法びんとほぼ同サイズのスピーカーと、ヘッドホンでは、サイズや形状がかなり違います。開発にはどんな苦労があったのでしょうか。

吉原:まさにその「サイズが小さい」という点で、かなり苦労しました。特にインナーイヤーヘッドホンのサイズは今までの水筒やタンブラー、スピーカー用の真空エンクロージャーなどとは比較にならない小ささで、私たちが今まで作ってきた真空二重構造の製品の延長上では作れないものでした。これまでと同じ設備や製造条件が使えない部分が多く、ほぼゼロの状態から製造方法を模索することとなりました。

ーーヘッドホン用の真空エンクロージャーは、今までの真空エンクロージャーとは違う製法なのですか。

吉原:インナーイヤーヘッドホンの真空エンクロージャーに関しては、現在我々が主流に使っている製法ではなく、かなり古い時期にタンブラーで使っていた製法からヒントを得ています。

木暮:具体的な手法は公開できませんが、この技術は世界に誇る高度な金属加工技術を持つ三条・燕地域、この地の伝統がなければできなかった部分だと思います。サーモス製であると同時に燕三条製だから、できたのです。(※サーモスの開発拠点である新潟事業所は燕三条にある)

開発部技術開発課 吉原昇弘

ーーインナーイヤーヘッドホンの真空エンクロージャーはサーモス史上最小なのでしょうか。

吉原:はい。我々が作ってきた真空エンクロージャーとしては一番小さなサイズです。これも当初は最終形より10%ほど大きかったのですが、インナーイヤーヘッドホンとしての装着性を考慮し、開発途中でギリギリまでサイズを絞りました。

薄さ0.4mmの金属板で作られる真空エンクロージャー

ーーヘッドホンの真空エンクロージャーで使用されている金属の厚さはどのくらいですか。

木暮:インナーイヤーヘッドホンはチタン製もステンレス製も0.4mmです。オーバーイヤーヘッドホンは外側が0.4mmです。インナーイヤーヘッドホンのチタンの金属加工に関しては「絞り加工」が非常に難しく、これも燕の金属加工技術がなければ製品化は難しかったと思います。

開発部技術開発課 木暮剛

ーーわずか0.4mmの金属が真空エンクロージャーとなるわけですか。

吉原:そうなんです。たった0.4mmしかない金属の板ですが、真空二重構造とすることで十分な強度が出せ、しかも非常に軽量に仕上がります。ヘッドホンのようなウエラブルな音響機器には最適だといえるでしょう。

インナーイヤーヘッドホン(左)の真空エンクロージャー(中)。右は断面の写真(部品を撮影用にカットしたもの)で、左右に黒く見える隙間が真空層。

ーーこんなに小さいパーツですが、音響面での真空効果は高いのでしょうか。

吉原:はい。非真空のものも作って真空のものと比較しましたが、聴いたほとんどの方が違いがあるとおっしゃっていました。音の違いは明らかだと思います。ただ測定機器の数値で違いが出るかというと、測定上の数値には現れませんでした。

ーー数値には表れないが、誰にでも感じられるほど真空の効果は明らかなのですね。

吉原:非真空と比較すると真空エンクロージャーはぐっと引き締まった音、タイトな音になる印象です。

平松:インナーイヤーヘッドホンに関して言うと、ユニットにBA(バランスド・アーマチュア)を採用していますが、多くの人がBAの音ではないと思ったようでした。BAの弱点である「出力が小さい」という点ですが、おそらく真空エンクロージャーにすることで音に力強さが出るようです。

ーーオーバーイヤーヘッドホンの真空エンクロージャーは一般的なハウジングより平面的な形状ですが、これはどうしてでしょうか。

平松:真空の効果をより強く出すためです。スピーカーユニットに対して平面的であるほうが音に対するハウジングの寄与率が高くなります。ただし真空エンクロージャーの大きさがかなり大きいので、ステンレスやチタンといった素材ごとの個性が強調されすぎる部分があり、オーバーイヤーヘッドホンではチタンとステンレスでバッフル板を変えることでバランスを取りました。

平松:具体的に言うと、チタンのオーバーイヤーヘッドホンでは、チタンの特性であるタイトさ、残響の少なさに対して、比較的響きの残るアルミ製バッフルを使用することで音質のバランスを取りました。アルミのバッフルは重量がありますが、チタンの真空エンクロージャーが軽量に仕上がっているため採用できたという面もあります。一方でステンレスモデルでは樹脂製のバッフル板を使うことで、真空とはいえ、ある程度の響きが残るステンレス製のハウジングの響きを適度に抑え、音質のバランスを取っています。

HPT-700用アルミダイキャスト製のバッフル板(左)とHPS-500用樹脂製バッフル板(右)

「金属」と「木」のメリットを併せ持つ真空エンクロージャー

ーー真空エンクロージャーは、一般的なヘッドホン素材とはどう違うのでしょうか。

平松:ヘッドホンのハウジングとして一般的な素材は、プラスチック、金属、そして高級品では木材が使用されることもあります。まず金属素材ですが、金属は組成が緊密なのでハウジングとしては特定の周波数が強く出る傾向にあり、響きが多く、ある意味で個性が出すぎる傾向があります。またプラスチックは金属より軽量ですが、素材としては同じような傾向を持っていると言えるでしょう。

ーーつまり金属やプラスチックは、いわゆる「鳴き」が多い素材ということですね。

平松:はい。一方で木材などの自然素材は、素材としての不均一さがあり、内部損失も大きいので、いわゆる「鳴き」が少ない素材と言えます。また軽い点もヘッドホンのようなウェアラブルな機器としては大きなメリットだと言えるでしょう。ただし木材のデメリットは強度が弱い点です。その点、真空エンクロージャーは金属ハウジングと同等の剛性がありながら、鳴きが少なく制振性が高いというメリットを併せ持っており、木材と金属のメリットを併せ持った、理想的なハウジングといえるのではないでしょうか。

音の個性で選べるチタンとステンレス

ーー今回、真空エンクロージャーはステンレス製とチタン製の2種類が用意されています。それはどうしてですか。

平松:開発の初期の時点で技術的にはチタンでも真空二重構造のエンクロージャーが作れるということがわかり、試しに作ってみたんです。そうしたら我々の予想を超えるほど、ステンレス製のものと音のキャラクターが違いました。これも我々にとって新しい発見で、それなら、ということで今回は2種類、ステンレスとチタンのモデルを製作することになりました。

ーーステンレスとチタンの音の違いを言葉にすると?

平松:分かりやすく言えば、華やかな音がするのがステンレス、自然で繊細な音がするのがチタンです。

木暮:私の印象ではステンレスは明るい、明瞭、迫力がある、メリハリがあるという印象でした。チタンのほうは少し落ち着いていて、しっとりしています。Hi-Fi的、と表現した人もいました。実際サーモスの社内で多くの人間に試聴してもらいましたが、ステンレスがいいという人と、チタンがいいっていう人とが真っ二つで、あまり偏りはありませんでした。私は個人的にはステンレスが好きです。

ーーチタンとステンレスではなぜ音が違うのでしょうか。

吉原:素材の特性としてチタンは内部損失が高く、いわゆる残響の少ない素材です。その一方でステンレスは内部損失が低いので響きやすい素材です。それがそれぞれの音色の違いとなって表れていると思います。そのあたりはぜひ、実際に試聴できる環境で聴き比べていただきたいと思っています。

真空による高音質を耳に一番近い場所で感じてほしい

ーー今回のヘッドホン開発で一番大変だったのはどんな点でしょうか。

吉原:サーモスではもともと魔法びんで全数の真空検査を行っており、VECLOSのスピーカー、ヘッドホンに関しても全数検査をして出荷をしています。ただ、今回の真空エンクロージャーは魔法びんとはサイズも違いますし、今までと同じ検査方法は採れませんでした。

ーーではどうやって検査をしたのですか。

吉原:そこは真空技術のノウハウに関わることなので公開はできないところですが、そのためにだけに新たな検査方法の開発を行いました。

平松:サーモスとしては「真空」はコアとなる技術であるため、ここは譲れないということで、新たな検査方法を開発して、全数検査を行っています。

ーー最後にこのページを読んでくださった方に一言、メッセージをお願いします。

平松:サーモスは世界初の高真空断熱ステンレス魔法びんを開発して40年となります。魔法びんの技術としての「真空=保温」という価値とは別に、新たな価値を作り出すために様々なトライアルを行ってきましたが、ようやく「音の道具」としてのVECLOSにたどり着きました。これは他社には簡単には真似のできないコアテクノロジーとして、今後も育んでいきたいと思います。音楽を愛するみなさんには、ぜひ耳の一番近くで「真空エンクロージャー」の音の良さが体験できるヘッドホンを試聴していただき、その音を味わっていただきたいと思っています。